しがないマーケターの戯言

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【書評】eクチコミと消費者行動

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この記事では『eクチコミと消費者行動 情報取得・製品評価プロセスにおけるeクチコミの多様な影響』菊盛真衣(千倉書房 2020)について、内容を要約した後、考察を述べたい。

本書はeクチコミにおける研究書である上に、元々この書評は学術書に投稿する予定で書いたものから抜粋しているので、このブログの記事としては文章が固いことをご了承いただきたい。

本書のねらいと構成

1990年代後半より、インターネットが急速に発展、普及するのに伴って、企業はWebページを開設して自社の情報を自在に提供できるようになった。一方で消費者もインターネット上のクチコミ(eクチコミ)を通じてあらゆる製品・サービスに関する情報を収集した上で、製品評価および購買意思決定を行えるようになった。本書は受け手が肯定的な(正の)、あるいは否定的な(負の)クチコミのどちらか一方にしか露出できない対面クチコミとは異なり、受信者が異なる複数の情報源から発信された正と負のクチコミの両方に同時に露出することができるというeクチコミの持つ最大の特徴を考慮に入れ、eクチコミの正負比率が消費者行動に与える多様な影響をモデル化し、実証することを目指している。全11章から構成されており、第2章では、対面/eクチコミに関する既存研究の展開とそれらによって残された課題に関して、第3章から第10章では、各研究課題に対応して行われた研究に関して、第11章において、本書の成果と今後の課題に関して論じられている。

本書の研究課題

インターネットが発展、普及してから、消費者の購買行動は、インターネット上のクチコミ(eクチコミ)に強く影響を受けるようになった。受け手が肯定的(正の)あるいは否定的な(負の)クチコミのどちらか一方にしか露出できない対面クチコミに対し、eクチコミは、正と負のクチコミの両方を同時に露出することができる。このeクチコミ最大の特徴に注目し、eクチコミの正負比率が消費者行動に与える多様な影響をモデル化し、実証することが本書の目的である。本書では、研究対象であるeクチコミについて、濱岡・里村(2009)による分類を参照し、クチコミが行われるメディアが、対面ではなくインターネットであり、そしてクチコミの相手が家族・友人ではなく、見知らぬ人である場合のクチコミをeクチコミと定義した。

本書はこのeクチコミの先行研究の課題について、以下の2点を指摘している。第1に、先行研究では、1つのウェブページ上に一定の割合の負のクチコミが存在する方が、全く存在しない場合よりも、消費者行動により好ましい帰結がもたらされるという興味深い現象を報告しているが、それがいかなる条件で生起し、促進されるかということは検討されていない。第2に、先行研究では、消費者購買意思決定プロセスにおける、情報統合段階及び製品評価段階といった川下の段階のみに着目されており、情報取得段階といった川上の段階でのeクチコミの正負比率の影響は検討されていない。

そこで、本書では以下を研究課題として挙げた。

まず1つめの研究課題は、消費者が1つのウェブページ上で複数の正と負のeクチコミに同時に露出する状況を想定すると生じうる3つの現象、すなわち、負のeクチコミの存在が消費者の製品評価に正の影響を与える現象、その影響が促進される現象、および、負のeクチコミの存在による負の影響が緩和される現象がいかなる条件のもとで生起するのかということである。

また2つめの研究課題は、1つのウェブページ上で複数の正と負のeクチコミに露出した消費者が、同一ページ上での情報探索を注意深く行おうとしたり、逆に中断してしたりするという現象がいかにして生起するのか、ということである。

研究課題1は以下の3つに分解される。

(1-ⅰ)負のeクチコミの存在が消費者の製品評価に正の影響を与える現象がいかなる要件のもとで生起するのか

(1-ⅱ)負のeクチコミの存在が消費者の製品評価に与える正の影響はいかなる条件のもとで促進されるか

(1-ⅲ)消費者が1つのWebページ上で複数の正と負のeクチコミに同時に露出する状況において、そのページ上における負のeクチコミの比率が消費者の製品評価に与える影響は、いかなる条件のもとで緩和されるのか

本書で証明された仮説

筆者は上記2つの研究課題(1つ目は3つに分解)に対して仮説を立て、主に架空のWebページを用いた実験により仮説を証明している。

本書で証明された仮説は数多くあるが、ここではその中から一部を抜粋したい。

仮説1.1

クチコミ対象製品が快楽財である場合、多数の正のeクチコミの中に一定の割合の負のeクチコミの中に一定の割合の負のeクチコミが存在するときの方が、負のeクチコミが全く存在しない時より、消費者の製品評価は高い

仮説1.2

クチコミ対象製品が実用品である場合、負のeクチコミが全く存在しないときの方が、多数の正のeクチコミの中に一定の割合の負のeクチコミが存在する時より、消費者の製品評価は高い

仮説2.1

専門性の高い消費者が属性中心的クチコミを読む場合、多数の正のeクチコミの中に一定の割合の負のeクチコミが存在する時の方が、負のクチコミが全く存在しない時より、その製品に対する評価は高い。

仮説2.2

専門性の低い消費者が便益中心的クチコミを読む場合、負のeクチコミが全く存在しない時の方が、多数の正のeクチコミの中に一定の割合の負のeクチコミが存在する時より、その製品に対する評価は高い。

仮説3.1

クチコミ・プラットフォームの種類がマーケター作成型である場合、多数の正のeクチコミの中に一定の割合の負のeクチコミが存在する時の方が、負のeクチコミが全く存在しない時より、消費者の製品評価は高い

仮説3.2

クチコミ・プラットフォームの種類が非マーケター作成型である場合、負のeクチコミが全く存在しない時の方が、多数の正のeクチコミの中に一定の割合の負のeクチコミが存在する時より、消費者の製品評価は高い

考察

本書の貢献は、負のeクチコミが消費者にポジティブな影響を与えるという一見矛盾した現象に対して、その発生条件を、製品の種類、eクチコミの種類、受信者のブランド精通性といった様々が切り口から検証し、研究を深化させた点だろう。一言にクチコミの影響といっても、実務の世界では様々な業界、製品、市場環境等によって状況は大きく異なる。その意味で、負のeクチコミ影響を深化させた本書の研究は、多くの実務家が自分たちの置かれている状況に活用させやすく、示唆を与えたはずだ。

また今後、この分野の研究として、最終章で筆者自身が述べている点以外に、2つの観点を提案したい。1つ目は、消費者の世代間におけるeクチコミの消費者への影響の違いである。最終章で1つ目の課題として言及されている部分と一部関わるが、デジタルメディアの活用のされ方は世代間で大きく異なる。Philip Kotler『Marketing 5.0』の中で、消費者の世代は5つに区分され、Y世代(1981〜1996年生)Z世代(1997年〜2009年生)、ミレニアム世代(2010〜2025年生)ではオンライ上でより独特の消費行動が見られることに言及した。中国社会では、90年生まれを「90后」、2000年代生まれを「00后」と呼び、デジタルネイティブであるこれらの世代の消費行動の違いが注目されている。クチコミ、という概念そのものは短期間で世代間に大きな違いが生まれるものではないかもしれないが、eクチコミというインターネットの世界での消費行動への影響は、どのように変わるかが計り知れない。

2つ目は、国際文化における違いである。クチコミはコミュニケーションの一種であり、コミュニケーションの特性は国や文化背景によって大きくことなることは言うまでもない。例えば、個人主義傾向の強いアメリカ人よりも、集団主義傾向の強い日本人にとってクチコミはより強い影響を及ぼすことが考えられるかもしれない。また、社会的な「面子」が非常に需要な中国人にとっては、多くの人に自分の購買結果が尊敬される必要があるため、負のクチコミの影響が強いなどの可能性もある。このように、eクチコミの研究は、時代や文化を越えてますます発展していく興味深い分野であると考える。