しがないマーケターの戯言

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クチコミ・マーケティングの理論まとめ|クチコミの科学

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かつての顧客はマーケティング・キャンペーンに影響されやすかった。また、権威者や専門家の助言を求め、それに耳を傾けた。だが、さまざまな産業にまたがる最近の調査によると、マーケティング・コミュニケーションよりもFファクター(friends 友達、families 家族、Facebook fans フェイスブックのファン、Twitter followers ツイッターのフォロワー)が信頼されるという。ほとんどの顧客がソーシャル・メディア上で見知らぬ人たちにアドバイスを求め、広告や専門家の意見よりそれを信用するのである。

これは、フィリップ・コトラー「マーケティング4.0」の一節である。近年、企業のマーケティング活動において、クチコミの重要性はますます高まっている。そこでこの記事では、クチコミマーケティングに関する理論を、専門書や論文を引用しながら整理したい。

「クチコミ」の定義

まず、クチコミの定義は、以下ののように整理できる。

1.話し手と受け手の間の対人コミュニケーションであること

2.ブランド、商品、サービス、店に関する話題であること

3.受け手が非商業的な目的であると知覚していること

4.話し手受け手とが社会的な関係に規定されている

*1~3はArndt(1967)の定義、4は濱岡豊(1994)の定義

 

クチコミの重要性

また、濱岡豊「クチコミの発生と影響のメカニズム」(1994)によると、クチコミは企業にとって次の4つの意味で重要である。

1.経営の目標に関する側面:クチコミを促すには、顧客に満足を与えることが必要になるため、競争志向から顧客志向へ経営目標の転換が必要になる。

2.消費者の意思決定に関する側面:利用者は満足すれば正の情報伝達する一方、不満であれば負の情報をクチコミによって伝達する。これは消費者の意思決定に大きな影響を与え、同時に不満足、クレームへの対応など、負のクチコミのマネジメントの重要性を示す。

3.提供する商品・サービスに関する側面:無形のサービス、高機能化、複雑化が進行した商品について、これらに関する情報を消費者に伝達するコストは上昇する。その際に顧客から他の消費者に至る情報の伝達経路を活用することによって、情報伝達を効率的に行うことができる。

4.経営の効率化に関する側面:クチコミを戦略として活用することによって、商品開発コスト、広告費などのコストの低減、経営の効率化を促進する可能性がある。

 

顧客のエンゲージメント価値

また、クチコミを、顧客のエンゲージメント価値全体の中の位置付けで確認したい。V. Kumer他(2010)によると、顧客のエンゲージメントは以下のように整理できる。

CLV(customer lifetime value):顧客の購買行動から得られる顧客生涯

CRV(customer referral value):クチコミによる新規顧客獲得の価値、外発的動機付けに起因

CIV(customer influencer value):潜在顧客と既存顧客に影響を及ぼすことによって継続利用や利用拡大に貢献する価値、内発的動機付けに起因

CKV(customer knowledge value):知識やフィードバックによって、イノベーションや改善に貢献する価値

このうち、CRVとCIVの2つが、顧客のエンゲージメント価値のうち、クチコミに関する項目だ。つまり、「クチコミ」は、新規顧客の獲得はもちろん、既存顧客の継続利用、利用拡大にも影響を与える既存顧客の価値だと言える。

ちなみに、山本・松村(2017)によると、エンゲージメント行動とは、顧客と企業、顧客と顧客、顧客と潜在顧客との間の積極的なインタラクション行動を指す。オンライン・オフラインに関わらずイベントへの参加、ソーシャルメディア上での投稿やそれに対するコメントなど、幅広い活動があてはまる。

 

クチコミに影響されやすい商品は

研究によると、製品のリスクが高いほどクチコミが重視されることが指摘されている。高価格のPCや旅行、教育やキャリアに関するサービスなど。「めったに買わない買い物で失敗したくない、損したくない」というインサイトがあるからだ。「製品のリスク」は、具体的には機能的リスク、社会的リスク、金銭的リスク、身体的リスクを指す。

*山本晶「キーパーソン・マーケティング」(2014)

クチコミの要因

山本晶「キーパーソン・マーケティング」によると、クチコミが発生する要因は大きく分けて2つ。動機要因と関係要因だ。

 

1.クチコミの動機要因

動機要因は以下の3種類の要因にさらに分解することができる。

個人要因:関与度、ステータス、集団規範など。発信することで集団におけるステータス向上につながる等

製品要因:製品の機能的リスク、社会的リスク、金銭的リスク、精神的リスク、身体的リスク

状況要因:購買意思決定の段階(買う直前か、関心がある段階か)、購買後の認知不協和(購買前の期待と購買後のギャップ)、時間の有無、購買意思決定の簡便化に対する欲求の有無など。(十分に調べるには情報が多すぎる、時間に制限がある、など)

 

2.クチコミの関係要因

また、クチコミは発信者と受信者の関係性や文脈にも影響される。

社会的関係:クチコミ発信者とクチコミ受信者の紐帯の強さ、同類性、信頼性

コミュニケーションの文脈:嬉しくて自慢する文脈、質問した結果クチコミしたという文脈だったのか、など

 

クチコミの効果

クチコミの効果として連想するのは、製品やサービスの購入であることが多いかもしれないが、山本晶「キーパーソン・マーケティング」によると、その効果には3つの側面がある。

1.認知、感情、行動への影響:ある製品・サービスを認識する、好きになる、興味をもつ、試してみる

2.再送信:クチコミで聞いたことを次の人に伝える。リツイートなど

3.複数のダイアド:人と人との結びつき。ツイートをきっかけに誰かをフォローする、など

 

フレームワーク:5Aモデル

フィリップ・コトラーは、「マーケティング4.0」の中で、新時代の顧客の行動モデルを、「5A」という新たなカスタマージャーニーで整理した。認知(aware)、訴求(appeal)、調査(ask)、行動(act)、推奨(advocate)である。

ポイントは、オンラインとオフライン両方で顧客は商品やサービスをよく「調査」し、購入した顧客は満足すると次に「推薦」を行うことで、さらに新たな顧客を生むということ。この「推薦」こそ、クチコミに他ならない。

 

フレームワーク:AIDEESモデル

山本晶は「キーパーソン・マーケティング」の中で、AIDEESというカスタマージャーニーモデルを提唱している。Attention(注意)、Interest(興味)、Desire(欲求)、Experience(体験・経験)、Enthusiasm(熱中・心酔)Sharing(共有)である。このモデルは一人の消費者で完結するのではなく、他者に伝染し、循環するモデルだとされている。

 

顧客価値指標

クチコミにつながる顧客価値指標として、フレッド・ライクヘルドが提唱した「NPS(Net Promoter Score:正味推奨者比率)」が非常に有名だ。

「あなたはこの企業(製品/サービス/ブランド)を友人や同僚に薦める可能性は、どのくらいありますか?」という質問を行い、0~10の11段階で評価をしてもらう。また計算方法は、9~10点を付けた顧客を「推奨者」、7~8点を「中立者」、0~6点を「批判者」と分類し、回答者全体に占める推奨者の割合(%)から、批判者の割合(%)を引いで出てきた数値がNPSの値となる。

一方で、髙橋遼「熱狂顧客戦略」によると、顧客の推奨意向を測るにはNPSだけでは不十分だ。なぜなら、「自分はこのブランドが好きだが、あなたに合うかわからないから勧めることはしない」という顧客も一定層いるはずだからだ。

そこで、「熱狂度」をブランドに対する熱量を測る指標として提案している。購入している人がどのくらいブランドを愛して買ってくれているのかを計測し、そういう人たちの割合を算出するのだ。ある商品やサービスを良いと思うか、あるいは満足しているかを測るのではなく、そうしたレベルを超えた「存在」になっているかを尋ねるのだ。

熱狂度とは

<顧客に対する設問内容>

あなたにとって◯◯◯(ブランド名)はどのような「存在」ですか?

あなたのお気持ちに最も近いものを1つだけお選びください。

<回答内容>

1.私は◯◯◯を、なんとなく使っている

2.私は◯◯◯を悪くはないと思いながら使っている(そこそこ満足)

3.私は◯◯◯を好きで使っている

4.私は◯◯◯に愛着を感じながら使っている(幸せを感じる)

5.私は◯◯◯にすっかりハマっている(夢中だ、ぞっこんだ)

*1~2:熱狂度Low、3:熱狂度Middle、4~5:熱狂度High

CSとCX

また、この「熱狂度」につながる概念として「CX(カスタマー・エクスペリエンス)」がある。

田中達雄「CX(カスタマー・エクスペリエンス)戦略 」によると、CXは、2000年ごろから欧米で注目され始めたコンセプトであり、「商品やサービスを購入する過程、利用する過程、その後のサポートの過程における経験的な価値(心理的・感情的な価値)」と定義できる。

さらにCS(顧客満足)との違いを以下のように説明している。

CSの目的は、不満をなくして「顧客満足」を獲得することである。しかし、先にも解説したとおり、顧客満足では合理的に満足か感情的に満足かを判断できない。それに対し、CXはもともと心理的・感情的な価値を意識して提供し、感情的に満足したファン(顧客ロイヤルティ)を積極的に獲得することを目的としている。

ただし、物理的・合理的な価値を軽視しているわけではない。物理的・合理的な価値は確かにコモディティ化するが、機能・性能・価格面で顧客の満足を獲得するレベルに押し上げる活動は他社も行なっている。この部分で差がありすぎては、いくら寛容な顧客でも他者に乗り換えてしまう。

CXは、あくまでもコモディティ化する物理的・合理的な価値に心理的・感情的な価値を拡張・強化することで顧客ロイヤルティを獲得するものである。

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以上、様々な角度のクチコミ・マーケティングに関する理論を整理した。今後はこれらの問題点や、実務により有用に活用するための着眼点について考えていきたいと思う。