バイロン・シャープ「ブランディングの科学」を読んだ。評判通りのかなりの良書だった。ここで語られているのは、ブランディングというよりは、「マーケティング」や「戦略」といったビジネスの根幹の部分だと思う。
この本の概要と感想
筆者のバイロン・シャープは南オーストラリア大学の教授。「ライトユーザーよりもヘビーユーザーを重視すべき」「顧客はセグメントされるべき」「商品は差別化が最も重要」などといったマーケティング界ではもはや常識のように語られる理論を、筆者がエビデンスを交えながらばっさばっさと否定していく。
マーケティングの経験者なら、日頃の仕事は「理屈通りにはいかないな」となんとなく思っていることも多いはず。本書は、それを明確に数字と理論で証明している点でとても面白い。
こんな人におすすめ
・マーケティングの実務経験がある人
・広告やブランディングに関わる仕事をしたことがある人
・ビジネススクールやビジネス書でマーケティングを学んだことがある人
大学教授が書いた本だけあって、やや複雑なデータや多くのマーケティング事例が語られる。小難しい話も多いので、マーケティング経験者もしくは、マーケティングの基礎は勉強した経験がある方のほうが合っている本だと思う。
目から鱗のマーケティング理論
以下、本書で語られている面白いマーケティング理論を引用を交えながらまとめたい。
セグメント/ニッチよりも絶対量
ブランドが成長するためには、顧客数が絶対的に必要。ニッチブランドの数は一般に考えられるよりもはるかに少なく、自分たちが考えているほどニッチではない。
よく、新たに顧客を獲得するよりも、既存の顧客の離反率を下げることが重要だと言われるが、実際は、ブランド間で起こる顧客のスイッチは一定量。つまり、顧客数が多くならないと顧客離反率を下げることはできない。ブランドの成長を支えるためには、新規顧客の獲得をおろそかにしてはいけない。
リテンションダブルジョパディの法則:顧客を失わないブランドはない。その損失はマーケットシェアと比例する。大きいブランドほど多くの顧客を失うが、その損失は顧客基盤全体と比較すると小さい。
「新規顧客1人を獲得するためには、既存顧客1人を維持するために必要な費用の5倍を要する」という言葉をこれまでに聞いたこのとない人はいないだろう。しかしこれを実証する経験的データは存在しない。離反率を永久に下げることは現実的には困難であり高い費用を伴う。というのも、ロイヤルティの指標の1つである離反率もダブルジョパディの法則に従うからである。
ダブルジョパディの法則によれば、マーケットシェアを大きく変えずに顧客離反率を根本的に変えることは不可能である。
すなわち、ブランドの成長を少しでも支えようと思えば、顧客獲得をおろそかにしてはならないということである。
顧客はセグメントされない
一般的なマーケティングセオリーでは、顧客はセグメント・分類されるべきと考えられている。でも、当然のことのようだが、明確な線引きは存在しない。コカコーラの消費者は、余裕でペプシコーラも購入するので、コカコーラを愛飲する人々と、ペプシコーラを愛飲する人々がわかれているわけではない。
顧客基盤が類似する:競合ブランドの顧客基盤と自社ブランドの顧客基盤は非常に類似している。
顧客共有分析から明らかになった驚くべき事実がある。それはペプシ購買客がコカ・コーラも購入しているということではなく(これ自体も驚きだが)、各ブランドとコカ・コーラがお互いにほぼ同じ割合の顧客基盤を共有し合っているという事実だ。
購買重複の法則:ブランドの顧客基盤は、マーケットシェアに応じて競合のブランド基盤と重複する(大規模ブランドとの顧客共有率は高く、小規模ブランドとの顧客共有率は低い)。もし、一定期間内にあるブランドの購買顧客の30%がブランドAも購入するとすれば、どの競合ブランドもその購買客の30%がブランドAを購入する。
ヘビーユーザーよりライトユーザーへのアプローチ
パレートの法則によると上位20%のロイヤル顧客が80%の売り上げをもたらすが、実際にはそうなっていない。下位80%の顧客が半分の売り上げをもたらしているケースも十分にある。マーケティングは、ライトユーザーとノンユーザーにリーチできたときに最も成功する。
パレートの法則(60/20):ブランドの売り上げの半分強がそのブランドの上位20%の顧客によってもたらされ、残りの売り上げが下位80%の顧客によってもたらされる(通常のパレートの法則の80/20にはならない)。
あなたのブランドの購買客の80%が年間売り上げのわずか20%にしか貢献していないとすれば、そのような購買客は無視したくなるはずだ。しかしこのようなライトユーザーが売り上げの約半数をもたらしているとすれば、無視するわけにはいかない。マーケティングで使うパレートの法則は重要ではあるが、その比は80/20とはならず、従来の理解は誤っている。
差別化は重要ではない
一般的なマーケティングセオリーによると、競合との「差別化」は重要だ。競争に勝つには競合との違いを作って多くの顧客を集める必要があるとされる。しかし実際には、顧客は明確に商品やサービスの機能の違いを理解していない。「差別化」よりも顧客に発見される「識別特性」を持つことが重要だ。
マーケティングは競争環境の中にあってブランドの存在感を向上させる独自性を構築する必要があるということだ。つまりブランディングが重要である。独自のブランド資産は消費者のブランド認知/認識/想起を容易にする。重要なことには購買が促されることだ。独自性を重視するということは、USP(ユニーク・セリング・プロポジション)の発見よりもUIC(ユニーク識別特性)の発見に注力するということだ。独自のブランド資産は消費者にブランドの購入を促すものではない。ブランドがどこに存在しているのか、購入したブランンドはどのようなブランドかを消費者におしえてくれる。このようにしてロイヤルティが構築される。
ブランディングにはブランドと他の競合ブランドを明確に区別する力が必要だ。その1つがブランド名であり、その唯一無二の存在が法で保護されている。他にもブランドアイデンティティの一部として機能してブランド名を補うまたはその代わりとなり得る要素がある。これらの要素は、消費者がブランドの広告に触れたときや製品を購入するときにブランドを認識し、理解し、想起するきっかけとなっている。以下にその例を示す。
・色(例:コカ・コーラやボーダフォンの色)
・ロゴ(例:マクドナルドの金色のアーチ)
・キャッチフレーズ(例:ナイキのJust do it!)
・シンボル/キャラクター(例:ミッキーマウスの耳)
・セレブリティ(例:ナイキのタイガー・ウッズ)
・広告手法(例:マスターカードのプライスレスキャンペーン)
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以上、「ブランディングの科学」から興味深い理論をまとめた。マーケティングに関わる仕事をしている/する予定という方には目から鱗の1冊だと思う。