しがないマーケターの戯言

読んで学んで、物を書/描く。

「戦略を担当する」ことの大変さは何か

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社会人4~5年目あたり、僕は「戦略を担当したい」と思っていた。

当時は、それまでずっと広告の企画と制作に邁進していた。自分が企画した広告が、WebDMなどで多くの目に触れるということは、マーケティング担当者としての1つの大きなやり甲斐だった。

「戦略担当」への憧れ

しかし、4~5年目あたりになってくると、「広告だけでは成果が出ない」ということも理解してきた。広告は、戦略ではなく戦術だ。戦略(どんな商品にするか、どの商品を売るか、プロモーション予算をどのチャネルに投資するか、など)が正しくないと、どんなに良い戦術(広告)を描いても成果は出ないのだ。そう実感することで、なんとなく、目の前の自分の仕事に不毛感というか迷いが出てきたのだ。

だから、「戦術だけではなく、戦略を担当したい」という気持ちが出てきた。でもこの頃は、野心というか憧れの部分が強く、その本質はわかっていなかった。

ある時、自分の会社の偉い人(数百人ほど部下がいる)との面談の機会があった。そこで、「お前はこれから何がしたいのか」と聞かれ、「上位戦略を担当したいっす」と当時の僕は生意気にも答えた。でも、その理由や、そのためには何が必要なのかを聞かれても、まともに説明できなかった。なぜなら、正直「戦略立てるってかっこいい」という憧れだけで、具体的なことは何もイメージできていなかったからだ。

「戦略担当」の困難さ

それから数年経ち、現在は本社よりも少し小さめな事業でより戦略に近いマーケティングを担当している。広告だけではなく、価格戦略や商品(キャンペーン)企画を含めたマーケティングだ。

今から考えると、数年前に自分が希望していたような仕事を担当していると思う。ただ、より上位の戦略を担当することの大変さも実感していることが正直なところだ。その大変さは、残業時間が多いとかそういったことよりも、自分の責任や影響範囲が大きくなったことによる。

当然ながら、戦略担当者は責任が重い。戦略を失敗すると、それに関わる人たち(広告を作る人、商品を作る人、店舗で働く人など)の努力を水の泡にする可能性だってある。ヘマをすると、社内の関連各所から白い目で見られることも覚悟しなくてはならない。戦略のプレゼンでは、いろんな人から「そこんとこどうなんですか!?」と厳しい質問を浴びせられることも少なくない。

そんな経験から、今は奇しくも「広告のクリエイティブだけ考えていれば良い仕事がしたいな~」なんて思うこともある。

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もちろん、戦略を担当したこと、していることに後悔はない。非常に貴重な経験ができている。ただ、責任というストレスがあるこの働き方を、自分がずっとやりたいか、は難しいところだ。

 

自由・影響・裁量権の対価は、責任とプレッシャーなのだ。