経営学(MBA)には、「競争戦略論」という分野がある。様々なフレームワークで語られるこの分野だが、その学びとマーケティング担当者としての実務経験を通して、全体像を整理した。具体例を交えながらまとめてみる。
ちなみに、この記事は主にマイケル・ポーター『競争の戦略』、ジェイ・B・バーニー『企業戦略論』、楠木建『ストーリーとしての競争戦略』を参考にしている。
ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books)
Posted with Amakuri at 2018.8.17
- 楠木 建
- 東洋経済新報社
業界を選ぶ
まず、話は「業界を選ぶ」ことから始まる。業界とは、自動車、飲食、消費財、マスコミ、などの分類。いわば、自分がどこの「土俵」で戦うか。ということ。競争戦略論の大家マイケル・ポーターによると、この「土俵選び」が戦略の中で最も重要だ。
例えば、天才といわれる野球選手のイチロー選手が、野球という業界を選ばずに、アーチェリーという業界を万が一選んでいたとしたら、どんなに素晴らしい運動能力を持っているイチロー選手も、ここまで有名にならなかったかもしれない。その人(その事業)の能力以上に、最初の土俵選びは重要だということだ。
この業界の分析ツールとしては、マイケル・ポーターが提唱したファイブフォースというフレームワークがあまりにも有名だ。
ファイブ・フォース分析
その業界の価値(どのくらい儲かりやすいか)を決めるために、以下の5つの観点で評価する。
・既存競合の脅威:すでにいる競合との競争はどのくらい激しいか
・新規参入の脅威:新たに入ってくる競合への障壁はどのくらい高いか
・代替品の脅威:直接的な競合ではなくても、代替品となり得るものはあるか
・買い手の脅威:顧客にどのくらい交渉力があるか。スイッチングコストはどのくらい高いか
・供給者の脅威:原材料や製造側などの供給者の交渉力はどのくらい強いか
業界で競争する
業界を選んだら、いよいよ競争について踏み込んでいく。競争で勝ち抜くために必要な能力は、SPとOEの大きく2つに分けられる。
SPとは、Strategic Positioningで、「どのように競合と違いをつくるか」ということであり、OEは、Operational Effectivenessで、「どう効率的に行うか」ということである。この2つの要素が両輪となり、その事業の競争力を決める。
SP:どのように違いを作るか
競合に勝つためには、競合と同じではダメだ。マイケル・ポーターによると、競合に勝るための戦略は3つしかない。「コストリーダーシップ戦略」で、安さで違いを作るのか、「差別化戦略」で安さ以外のところで違いを作るのか、はたまた「ニッチ戦略」で、小さなニーズを狙って違いを作るのか、である。
例えば、個人のキャリアにフォーカスする意味で、塾講師の3人について考えてみよう。
Aさんは、安い給料で授業を引き受ける。地方に住んでいて家賃や生活費が安いためだ。そして対面ではなくスカイプでの授業を行うので、移動をしなくてすむ。それも低コストを可能にしている一因だ。そんなAさんはコスト・リーダーシップ戦略だと言えるだろう。
Bさんは、英語と数学と国語の3科目を教えることができる。それぞれの科目では、他にも優秀な講師がいるが、3科目を1人で教えられる講師はなかなかいないため、塾では引っ張りだこだ。この場合、Bさんは給料以外の面で他の講師との違いを出しており、差別化戦略をとっているといえる。
Cさんは、ある独特の入試制度を持つX大学という大学の入試対策にめっぽう詳しい。X大学はそれほど人気な大学ではないので、希望者は少ないが、そのユニークさゆえに毎年一定の希望者がいる。Cさんは全体で見ると人気講師とは言えないが、そのX大学の入試対策に関しては右に出るものはいない。このような、小さな分野で生き延びる戦略をニッチ戦略という。
OE:どう効率的に行うか
次に、競争優位を生み出すために必要なのは、「どう効率的に行うか」という視点である。
例えば、先ほどの塾講師の例で言うと、「頭の回転が早い」「子どもが大好きである」「健康であり、体力がある」「支えてくれる家族がいる」「良いアドバイスをくれる先輩がいる」などの武器を持つ塾講師は、きっと良いパフォーマンスを発揮できることがイメージできるだろう。これは、「違いを出す」とはまた違った視点の根本的な部分だ。
『企業戦略論』で有名なジェイ・B・バーニーは、事業の競争優位性の源泉として以下の4つのリソースを挙げた。
・財務資本:投資するための財産が豊富か
・物的資本:設備や知的財産など
・人的資本:社員やその知識、経験など
・組織資本:組織構造や組織文化が、うまく機能しているか
これらOEの強さ(効率性)は、SP(違い)の強さと両輪となって、その事業の競争優位性を押し上げていくものになる。
持続的な競争優位となるか
最後に、その競争優位性がどのくらい持続するかは大きな問題だ。いくら競合優位性が強い事業でも、すぐに誰かに真似されたり、組織的に長続きする体制がなければ、衰退してしまう。
バーニーは4つの経営資源の源泉とともに、その持続性を評価するツールとして、「VRIO分析」という手法を生み出した。
VRIO分析
・経済的価値:そもそもお客はその特徴にお金を払ってくれるか
・希少性:どのくらい珍しいのか
・模倣困難性:競合は真似するのがどのくらい難しいか
・組織的活用:その強みを提供するために最適な組織体制を形成できているか
これら4つの観点で競合優位性を評価し、すべて「○」であれば、「持続的競合優位である」と評価できる。
まとめ
ファイブ・フォースやVRIO分析など、それぞれのフレームワークだけで見ると混沌としている競争戦略の理論だが、俯瞰して見るとより理解が深まるのではないだろうか。