例えばWebサイトのCVRを高めることや、運用広告のCPAを調整すること自体はマーケティングとは呼ばない。マーケティングの神様、フィリップ・コトラーはマーケティングを以下のように、広義なものとしてとらえている。
マーケティング・マネジメントとは、ターゲット市場を選択し、優れた顧客価値を創造し、提供し、伝達することによって、顧客を獲得し、維持し、育てていく技術および科学である。
(参考:フィリップ・コトラー、ケビン・レーン・ケラーの「マーケティング・マネジメント」)
心に刻まれた上司の言葉
もう8年も前の話だが、僕は事業会社のマーケティング部に新卒社員として入社した。プロモーション企画を立てるために、膨大な量のデータにまみれた。初めて大きな販売の企画を立てた際は、上司に何度も企画を突き返され、厳しいフィードバックを受けた。
その中で、受けたその上司の言葉で、今でも自分の根底に残っているものがある。
あなたの企画書からは、お客様が見えないんだよ。
私たち(マーケター)は、商品を作っているわけではないし、広告のデザインも作れないし、素敵な写真もとれないし、イラストも描けない。でも、お客様のことは誰よりも理解している必要がある。
それができないなら、この仕事向いてないと思うしかないね。
右も左もわからない新人だった自分にとって、この言葉は衝撃だった。そこまで言われる企画しか立てられていなかった自分にとてつもない悔しさを覚えた。
それから、僕は「顧客を理解する」ことが自分の仕事の中心であることを強く意識するようになった。
CVRだけ見るのはただの運用担当者
個人的には、広告代理店に勤めているとか、マーケティング部で働いているというだけでは、「マーケター」とは呼べないと思っている。
運用広告のABテストをやって、AのほうがCTRが高かったからAのほうが良い広告。
LPのヒートマップを見ると、Xという商品がすごく見られているから、ユーザーはXを求めている。
こんな判断をすることがマーケターの仕事だとは思えないのだ。それはただの「運用担当者」にすぎないし、そんな答え合わせのような仕事は、きっと将来AIに淘汰される。
もし、AというバナーのCTRが良いのであれば、顧客はどう思って、どのような不安を解消したくてそのバナーをクリックしたのか。
Xという商品がLP上でよく見られていたとしても、ユーザーは本当にそれを欲しているのだろうか。機能がわかりづらいから、熟読せざるを得ないだけという可能性はないだろうか。
こういったことを、他のデータやインタビューなどから仮説を立て、総合的に判断する能力こそがマーケターには求められると思う。
P&Gファブリーズの事例
世界的な消費財メーカーP&Gが開発した「ファブリーズ」という商品がある。今ではとてもポピュラーなスプレータイプの消臭剤だ。
この商品をP&Gが日本市場に投入する際、その成功は危ぶまれていた。屋内で靴は履かず、ペットを屋外で飼うことが多いなどの文化を背景に、日本人の家の部屋は清潔でそもそも臭いを強く気にするニーズが低かった。しかも、当時は置き型の消臭剤が一般的であり、「スプレーを布にかける」という行為には違和感があった。
そこで、P&Gのマーケターが行ったプロモーションは、「料理の臭いが布について、そのせいで部屋が臭う」「汗の臭いが布について、そのせいで部屋が臭う」というメッセージをテレビ広告を通じて繰り返し流した。そして、車の中の臭いやソファについたペットの臭い、カーテンについた焼肉の臭いなどを「ファブリーズ」をつかってとるというわかりやすい効果を訴求したのだ。
その結果、一般消費者が消臭スプレーを使うことを「ファブる」と表現するほどにまでファブリーズのプロモーションを成功させたのだ。(参考:石井淳蔵「マーケティングを学ぶ」)
P&Gのマーケターは、このプロモーションを通じて、顧客自身も気づいていないようなニーズや心理、その背景となっている社会を理解していることを示した。これこそがマーケティングの真髄なのではないだろうか。
まとめ
WebサイトのCVRとCPAを調整することは、マーケティング活動の一つの重要なファクターだが、それだけでは近視眼的すぎる。一介のマーケターとして、顧客の心理、行動、社会背景までを理解し、大局をとらえたマーケティング活動を行っていきたいと思う。