しがないマーケターの戯言

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楠木教授に学ぶ面白い文章の書き方

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一橋大学の楠木建教授の著書が好きでけっこう読んでいる。今回は新著である『すべては「好き嫌い」から始まる』を読んだ。本書を読んで改めて感じたのが、楠木教授が書く文章の面白さと上手さ。本の概要と一緒にそのことにも言及したい。

本書の概要

楠木教授の主張は、いつも一貫している。「良し悪し」と「好き嫌い」は区別して考えよう。そして、「好き嫌い」で物事を考えることは、個人の人生にとっても経営・ビジネスの世界でも重要である、ということだ。

本書では、研究者・教授という仕事における好き嫌いから、スポーツ、シュークリーム、週刊文集に関する好き嫌い、そして経営学者としての目線から、すぐれた経営がいかに「好き嫌い」をベースにして成功しているかが語られている。

自分の視点や考え方を広げることにつながると思うし、もしキャリアや進路の選択で迷っている場合にも一読する価値が多いにある一冊だと思う。

「結局のところカネがものを言う」という人がいる。確かにカネは大切だ。カネがあるほど、オプションの幅は広がる。しかし、どんなに情報やカネがあり、どんなに多くのオプションを持っていたとしても、肝心の選択や判断をするときに、その基準がお仕着せの他律的なものであれば、その人は自由であるとは言えない。カネは人間を自由にしない。その人に固有の好き嫌いこそが個人を自由にするのである。

楠木教授の文章の魅力

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僕はこの新著を読み、内容はもちろんのこと改めて楠木教授の文章の魅力を改めて感じた。いくつかのポイントをまとめてみる。

白黒はっきりしている

まず、これは読者を引き込む文章を書く人に共通することだと思うが、意見の白黒がはっきりしている。その人に明確な主張がある。だから読者も興味が出るし引き込まれる。

主張がはっきりしている方が、論理構成も明確になるので読みやすいということもあると思う。

あくまでも個人的な好き嫌いの話として聞いていただきたい。週刊文春のお家芸の「文春砲」、これが嫌いである。正確に言えば、嫌いというより興味関心がない。週刊文春を買って読むということは滅多にない。なぜ関心がないかというと、一つには取り沙汰されている人物の多くを僕が知らないからである。

しかし、である。だからといって「週刊文春はケシカラン!」とか「ジャーナリズムの風上にも置けない!」とか言うつもりは毛頭ない。こういう人は根本的なところで勘違いをしている。週刊文春はジャーナリズムではない。エンターテイメントだ。テレビやラジオやインターネットで流れてくる歌舞音曲やスポーツ、その他もろもろの娯楽コンテンツと同じエンターテイメント。

なんでもないことを深く考えるのがすごい

また、なんでもないことを深く考え言語化することがとてつもなくお上手である。楠木教授は大のシュークリーム好きらしいが、なぜシュークリームが好きなのかを分析しているところが面白い。普通であれば「好きなものは好き」なのでそこまで深く考えられないと思うが。

なぜシュークリームが好きなのにクッキーは嫌いなのか、その背後にある理由を考える。すると、一つの次元が浮かび上がってくる。すなわち「水分含有率」である。甘いものに関して、自分は水分含有率が高いものを好むのではないか---。で、この仮説を具体的なレベルに引き戻して検証してみる。

考えを抽象化・言語化するのが神業

「なんでもないことを深く考えるのがすごい」というのは、言い換えると、考えを抽象化するのが上手いということにもつながる。この抽象化力・言語化力こそが、ご本人が教授・研究職を天職とする理由のようだ。

 「それはどういうことだろう」「なぜだろう」という問いに対して自分なりの答えをだす。「考える」とはそういうことなのだが、その中身はつまるところ「具体と抽象の往復運動」である。断片的な具体(シュークリームが好きでクッキーが嫌い)を抽象化してみる。すると抽象的な概念なり次元(水分含有率)が見えて来る。

考えるということはすなわち言語化である。人は言葉でしか考えられないようにできている。思考は言語化を強制する。

絶妙な自虐と悪ふざけ

楠木教授の文章の大きな特徴として、絶妙な自虐と悪ふざけを挟んでくることがある。個人的には、自分を賛美した綺麗な文章が並ぶよりも、自虐や冗談を含んだ文章の方が好感が持てるし、文章としてのリズムが良いと感じられるのだ。

ただし、雑誌に論文が掲載されても、僕の論文ごときを読んでくれる人など世界に3人ぐらいしかいない(うち2人は友人。あとの1人はもちろん自分。親や親族ですら読んでくれない)。それでも最初のうちは「仕事をしている」という感じがして嬉しかった。

書いたり話したりして自分の考えを人に伝える。それが僕の仕事だ。われながらものすごくふわふわした仕事である。傍から見ているとすごくラクそうに見える。で、実態はどうかというと、これが本当にラクなのである。

昭和時代ほどではないにせよ、一部ではいまだに舶来コンプレックスがしぶとく続いている。僕がその一端に身を置く経営書・ビジネス書業界である。本のタイトルや帯に、「ハーバード流」とか「スタンフォード発」とか「マッキンゼー出身の・・・」という言葉が溢れている。いまだにこれほど舶来信仰が残っている業界も珍しい。僕の本にも「日本人が書いた経営書としてはいい」というコメントがついたりして、シビれる。思わず金髪にしようかと思ったがそもそも髪がない。

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以上、楠木教授の『すべては「好き嫌い」から始まる』から学んだ面白い文章のポイントをまとめた。楠木教授の他書もおすすめできるものばかり。興味がある方は以下もご参考いただきたい。