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しがないマーケターが書く戯言。

赤信号は黙って止まるべきか、考えて渡るべきか|自分のアタマで考えよう

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ちきりんさんの「自分のアタマで考えよう」を初めて読んだのは、もう5年ほども前になるだろうか。

自分のアタマで考えよう

自分のアタマで考えよう

Posted with Amakuri at 2018.6.23

  • ちきりん
  • ダイヤモンド社

 

この本にも影響を受け、周囲の価値観に流されるのではなく自分で考えて判断したいと、日頃から考えるようになった。

3枚重ねて貼るシールは間違いか

例えば、これは言うまでもないが、子育てというものは親の価値観が色濃く反映される。

例えば、幼児向けのワークで「お皿の上にケーキ(のシール)を3つ貼りましょう」という課題があったとする。

キレイに3つのケーキを並べて貼る子どももいれば、2枚しか貼らない子どももいるし、3枚を重ねて貼ってしまう子どももいる

もし自分の子どもが3枚のシールを重ねて貼った時に、「上手に貼れたね」と褒める親もいれば「きれいに並べて貼らなきゃダメでしょ?」と正す親もいる。

大人の価値観からすると、3枚のシールを重ねて貼るよりも、キレイに並べて貼るほうが良いだろう。でも重ねて貼っても3枚貼っていることには変わりないのだ。「きれいに並べて貼らなきゃダメでしょ?」と正してしまう親は、どこか思考が型にはまりすぎていないだろうか。

自分で考えて命を守った祖父

話しは変わるが、僕が尊敬する祖父(10年も前に亡くなっている)は、戦争を経験した。若い時、終戦前に、満州の開発に駆り出されたそうだ。

満州国は、戦時中、日本が朝鮮半島に建国したが、日本の敗戦に伴い消滅した。敗戦後、そのまま満州に残った日本人の中には、帰国できず命を落とした人も少なくなかった。産経ニュースの記事によると、終戦当時、満州在住の民間邦人は推定約155万人。うち引き揚げたのは127万人で、軍民合わせて約24万5千人が命を落とした。生き残った人々も、全財産をなくし、追われるように日本を目指した。

国中が、日本が戦争に勝つことを疑わなかった終戦前のこの時代に、僕の祖父は、「このまま残るとまずいことになる」と考えた。そして、故郷への荷物に手紙をしのばせ連絡をとり、「母危篤すぐ帰れ」の電報を打ってもらった。そして、終戦前に帰国したのだ。祖父が18歳の頃の話だ。

念のためだが、そのまま満州に残った日本人を悪く言う気持ちは1ミリもない。だって国中が日本が勝つと信じていたし、それを疑うことはタブーだったはずだ。家族連れで満州に住み、簡単に身動きがとれない人たちもいただろう。そんな中で行動することは非常に難しかったはずだ。

祖父をつき動かしたものが直感なのか、何かを見聞きして判断したのかはわからない。しかし、事実として彼は、自分の頭で考えて行動し、自分の身を守ったのだ。

赤信号だって自分で考えて渡る

僕は、尊敬する祖父のエピソードからも、自分の頭で考えて行動することを大切にして生きたいと考えている。

赤信号の時、僕は近くに子どもがいる際は渡らないようにしている。まだ自分で判断できない小さな子どもがマネをして渡って、交通事故に巻き込まれたら大変だ。

でもいつか、自分に子どもができたらこう教えたい。

「自分の目で見て、確かめて、自分の頭で考えて渡るかどうか決めなさい」と。