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しがないマーケターが書く戯言。

「怒る」という感情の裏には「人への期待」があると思う|アンガーマネジメント的な話

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「怒らなそうですよね」と、よく言われる。

確かに、大声を出して人に怒ったり、悪態をついたりすることは、僕はめったにないほうだと思う。僕が怒る、というか不機嫌になるのは、自分の想定外に時間をとられるときだろうか。自己中なので、自分の中で立てた予定を邪魔されたくない。

母親から聞いた話では、幼い時に僕が不機嫌になったのは、決まって「急にどこかへ連れていこうとした時」らしい。「明日は〇〇へ行くよ」「夕方から〇〇する日だよ」と言われていたら、自分の中で予定を立てているのか素直に従ったそうだ。

そういった面がありつつも、僕は人より怒らない、というか感情の起伏が少ないことは事実だ。一方で、仕事でへまをした会社の後輩に対して、部下に対して、取引先に対して、遅刻してきた友人に対して、声をあらげて怒る人がいる。この性格の違いはどこから来るのだろうか。

怒りのメリット

怒ることにもメリットはあると思う。怒りを露わにすることでスッキリすることもあるし、思わぬ人間関係をもたらすかもしれない。相手に威嚇するために、あえて怒る人もいるかもしれない。ただ、怒りたくて怒る人は少ないのではないだろうか。できれば心穏やかに笑って過ごしたいものである。

ここでは、怒りのメリットはあまり考えずに、「怒らない」ということの心理について考えたい。今流行りの「アンガーマネジメント」というほどの話ではないが。

自責の気持ちを持つ

「怒らない人」のポジティブな理由としては、自責の気持ちが強いのではないかと思う。人のせいにしない。何か上手くいかなった時、「あの時自分がこうやっていればよかった」と、結果に対する原因を自分に求める。例えば、一緒に仕事をしているパートナーが、理想的な働きをしてくれない時、「もっとちゃんと仕事しろよ!」とは思わない。「この人が上手く動いてくれるには、自分がどうコミュニケーションをとれば良いのか」と考える。もしくは「この人と関わった自分が悪かった」と思う。綺麗な言葉で言うと、「他人のせいにしない」。だから、人に腹を立てることがなくなる。

人に期待しない

一方で、自責の気持ちの強さと「人に期待しない」という心理は紙一重だと僕は思っている。これはネガティブな意味を含む。例えば、会社の後輩に、「なんでこんなこともできないんだ!」「ちゃんとやれよ!」と怒る人がいる。でも僕はそもそも人に期待していないので、誰が仕事ができなくても気にならない。

怒るという感情の裏には、人への期待があると思う。「自分にこうしてほしい」「もっとこうしてくれれば良いのに!」という期待だ。その期待通りにいかないと、「裏切られた」と感じて、それが怒りに変わるのだ。

僕の親しい友人に、時間を全く守れない人がいる。プライベートの約束も、余裕でいつも遅れる。でも僕は腹は立てない。その人がそういう人だというのは知っているし、自分の価値観の中で「時間を守る」ということを相手に期待するのは無駄だ。その友人には時間を守ること以外にたくさん良いところがあるのを知っているので、それで十分なのだ。

自己中になる

そして、自己中であることは大切だ。例えば仕事でもプライベートでも、失礼なことを言われた、された時、もちろん感情的にはムッとする。でも、多くの場合はそこで一息ついて考える。

「この人に腹を立てることに時間を使う意味があるか」

「関係性を悪化させるデメリットしかないのではないか」と。

多くの場合は、腹を立てて時間を使うことにメリットはない。常に、「自分にメリットがあるか」ということを考える。

もしかしたら、腹を立ててクレームを言うことで、相手は自分の悪いところを認識して改善するかもしれない。それが自分のメリットになるなら、怒ってみるのもいいかもしれない。

だから、仕事で自分が長く付き合っていく予定のパートナーであれば、悪いと思うところを指摘する。その人が悪いところに気づけば、自分の仕事もスムーズになり、自分に大きなメリットがあるからだ。

まとめ

自責の念をもち、人に期待せず、自己中になる。人に腹を立てることに時間を使わず、穏やかに生きたいと、思っている。